『学び合い』を語ってみる

ぼくが今研究している『学び合い』というものは本当にシンプルだ。
(以下、『学び合い』は『』に省略)

ぼくは、この『』こそ、教育の最終目的である「人格の完成」(←とは言っても、完成なんてない、人間の一生涯の目的だが)、と「人生における幸せ」を、限りなく叶えてくれるものだと思っている。

そのシンプルさ、だけで。

『』って何かわからない方は、是非ネット検索してみてほしい。
ここで語ると長くなり、夜なべにまで及んでしまう。
シンプルさゆえ、奥が深いのだ。。

今日本で一般的な一斉授業や教授主導のアクティブラーニングとは全く違う。

本当に、さっき書いた目的を達成するためだけに「だからこうなったのだな」と頷くと思う。

ぼくは例え話はうまくない。
が、ここで試させて欲しい。
いや、試させて下さい。


車を例に例えてみる。

『』は、エンジン、タイヤ、ハンドル、イス、アクセル、ブレーキが付いていて、乗り回すには最低限のモノが揃っている乗り物。

一方、『学び合い』以外の授業は、上記のものにバラの香りがする芳香剤、走る時ウォンウォン鳴る改造されたマフラー、車高を低く見せるためのフロントスポイラー、茶色の革ハンドルカバーなどなどを取り付けた乗り物。

どうだろう。
人によっては、後者の方を「魅力的!」「欲しいかも」と思うかもしれない。
反対に、「いや、これは私の好みじゃない」とか「革ハンドルカバーはいいんだけどそれ以外は…」と思われた方、
あるいは前者の車に、「オープンカーは嫌だから窓とか屋根は付いてて欲しい」と思われた方もいたことでしょう。

『』はそう思われた方々に合った授業方法である。最低限のものはついているから、何か足りないと思ったら、子ども(ドライバー、車購入者)が欲しいと思ったものをあとで付けることができる。

たとえば、授業の中(車を運転してみて)で、ホワイトボード(ミラー)が必要なら借りる(買う)し、タブレット(Bluetooth)が必要なら使う(取り付ける)し、授業途中で(運転中に)、わからないところに直面(パンク)して、聞き(タイヤ交換し)たくなったら友達(ディーラー)の力を借りるし。

自分が必要だと思ったものを、自分の判断でカスタマイズできるのが、『』である。



すごくシンプルで、ぼくは好きである。


ここまでは、この『』という授業はどういうものかを日常のもので説明してみた。

次は、なぜこの『』が従来の授業方法よりマシであるかを語る。
と言いたいところだが、スマホのバッテリーが残り10%のため、今日は控えます。

また次にでも。