ICT教育の手引き
誕生日プレゼントは、
ミニマリストになるために財布をいただいた。
断捨離できずにいろいろとものをため込むぼくの悪い癖を治すために、
まずは財布から、ということでミニマリスト用の財布をおねだりした。
ほぼカード専用の財布のため、かなりスリムとなっている上、いらない・邪魔なカードや小銭をポイできる。
ついでに料理好きのため、ミキサーもおねだりした。
24年生きてきて、ミキサーなんて使ったことがない。
むかし、ケーキ用のクリームを作るために、液状の生クリームをシャカシャカ手でかき混ぜるところから始めたことがあるが、20分間の末、出来上がったのは震える右手(痙攣)だけであった。
これからは、ミキサーがないとかなり苦労するであろう料理にも挑戦できるというわけだ。ショートケーキ、クッキー、シュークリーム、シフォン..最高だ。
料理の幅が広がるというのは、ありがたい。
学校で行われる授業もそうでありたい。
ICT、たとえばタブレット一枚あるだけで
一人の子どもの学びが深まり、そこから学びの幅が広がったのなら
なんて素敵な話だろうか。
ICTじゃないにしても、トランプだったり、ホワイトボードだったり、子どもの「OOするために、これが欲しい」を叶えられるのであれば、ぼくは幸せだ。
そして、学校は子どもからの学びのための要望を限りなく叶えられる場所であるべきだと思う。
三か月前に、ICTを批判したブログを書いていた。
そのときは、ただただ「不具合が生じるから嫌だ」
と当時の不満を教育に絡めて毒を吐いていたが。
今回言いたいのは、それじゃなくて。
大事なことは、
「じゃあこれを使ってみなさい」と教師が方法を指示しないこと。
過去に、ICTありきの授業をデザインしたことがある。
でも、それは違った。
結局は、子どもが方法を選択することが大事なんです。
そのため、どんなに革命的なソフトやマシーンを開発しても、子どもの学力が思うように伸びないのは、子ども自身が目標達成に向けた方法を選択してないから。