その言葉の恐ろしさを具体的に。
『』の本を読んでいると、
「1人を見捨てるクラスは、2人目3人目と見捨て、
そして4人目はあなたかもしれない」
というちょっと恐ロシアな脅し文句が出てきます。
全員が「仲良しこよし!」にならなくてもいい。
くっつきたい人とくっついてもいい。
でも、(課題達成のために)一人も見捨てられることがないようにね、
という条件がある、それが『学び合い』。
教師や仲間に見捨てられることがないよう、上記のちょっと怖い言葉が、
出版されている多くの本で目にすることがあるかと思われます。
「一人くらい見捨ててもなんとかなるでしょ」
「私、二人目は絶対見捨てない。
だから、気になるアノ子はしょうがない..」
そう思われた方も中にはいるかと思われる。
でも、『』も日常生活の出来事も、一緒ですよ。
一人を見捨てることを許すと、ドミノ倒しのように最悪学級崩壊につながることもあるかもしれないように、一回だけでも自分に甘くしちゃうと、最悪の状況に陥ることも無きにしも非ず。。
超ド田舎の信号、一回くらい無視して渡ってもバレやしない
っていう人に限って、二回目三回目と無視しちゃって
いつか必ず、警察に捕まります。
誰にも気づかれないようにちょっとだけ不正しよう、
って人に限って後日また不正し、気づけば毎日毎日しちゃって、それなしでは生存できない企業になる。
そして最終的にはバレて、メディアによって大衆に向けて宙づりにされてしまいます。
ダイエット中なのに、「ちょっとだけ..」と冷蔵庫のスライスチーズを一枚食べる人は、次の日もまたその次の日もつまんで、気づけばダイエットに見合った体型からほど遠い姿になっていることでしょうし。
「ちょっとくらい」の気持ちって
最終的には毒になる。
だから、最初が肝心。