ぼくの『』大原則

 

僕の中で、『』の大原則は2つある。

1つは、「みんなが制限時間内に達成すること」

例外なく、誰も取り残されず、しかも、時間という有限空間の中でどういう結果を残すかを重視したいからだ。

 

2つ目に、「委任」だ。

「教師がどれだけ子ども集団に任せられるか」が、1つ目と同等レベルで重要だと思っている。

結果を出そうと子ども(たち)なりに考えて行動しているところへ、子どもの行動に不安を覚えた人生の先輩(?)が「私/僕はそうは思わない」などと助言(蛇足)をする光景がある。

せめて個人の考えを述べるのは、授業の最後にしてほしい。

最中にされてしまっては、萎えるに決まっている。

そして間違いなく子どもたちは先生の顔を伺いながら

これから動くことになるだろう。

「これなら、いいよね..?」「これは..セーフみたいだ」

何十種類何百種類とあるプランを、プランAやプランBに絞らせる窮屈さ。

そして漂う変な緊張。それはもう怖い先生がやる一斉授業の

あの気持ち悪い緊張感となんら変わりはない。

 

その上で、最高の結果を子どもたちは求められる。

雁字搦め状態でどうやって?という話である。

 

「子どもに委任できる教師」

それがぼくの理想の教師像。