結果主義者が結局良い

 

M2になってから学年ゼミは2週間に1回となった。

まあ、先生への質問タイムだ。

 

 

真面目な話 バカな話 ドキドキする話 『』の話..

多岐にわたる。

 

『』に興味があるのはもちろんだが、

ぼくは「西川純」という人間・存在そのものに興味がある。

だからこのブログのカテゴリーにも「西川純先生のお話」

というものがある。

 

そんな今日は、こんな質問をした。

 

「先生はいつから『結果主義者』になったのですか?」

 

というのもご存知、西川先生というお方は

「どれくらい頑張ったか」「どう頑張ったか」というプロセスよりも

「何ができたか」という結果しか見ない。

だから、一言でも「はい、頑張ります」

なんて言ったら、

「ぼくが求めているのは結果だからね」

で、すべてを吹き飛ばす。

 

だから不意に思い付いたのは、

いつ、なぜ、結果重視型人間になったのか、である。

 

曰く、

「いや、プロセスも重視してるよ。」

だった。

 

??

 

だって毎回、結果結果しか言わないじゃないか、と思っていると、

 

・結果を求めると自ずとプロセス・方法も整う

・「頑張ったかどうか」だけを見ると、人は何かと

  理由をつけて結果を残さない

・「OOはこうしてああして..」と指示するのは

 自分に責任がかかるし、何よりもその人にとって窮屈

 そもそも自分の指示がその人に適合するかはわからない

 

そのようなことをおっしゃられていた。

 

なるほど。

 

結果主義者とはいえ、プロセスをガン無視しているわけでは

ないんですね。

 

 

ぼくもいろいろと結果を残そうと奮闘している。

もちろん我流で。

自分の中で試行錯誤を繰り返しながら、

やっとお仕事の効率化を確立させることができた気がする。

 

今までのやりとりを振り返ってみると、先生の振る舞いは

ボス(上司)の鏡だ。

 

先生「これやってみない?」

ぼく「おもしろそう。やる。」

先生「じゃああとは任せるね。」

 

ぼく「これがあると助かる。でもOOO円かかるんだ。」

先生「そうなのか。じゃあこれで賄って(チャリーン💰)」

ぼく「ありがたし。」

 

結果を残させる人は、

任せることと環境整備に長けている気がする。

先生の背中を見て、ぼくはそう思う。

 

そうであることを実証するために、

早く結果をださねばと、誓う。