順位社会から脱したい
小学校時代を振り返れば、
名簿番号は誕生日順(4月~3月)で振り分けられていた。
中学・高校時代を振り返れば、
名簿番号は名前の順(あいうえお順)で振り分けられていた。
ついでに大学・大学院もそうか。
ぼくは誕生日が早生まれ(3月)だし、苗字も「は行」だから、
番号的にいつも最後あたりだった。
今は流石にもういい歳だから、それに関しては何も感じないけれど、小1~思春期真っ只の当時は、劣等感がすごかった。
あの年齢って、列を作るとき、身長順以外は、より前に立っていることに優越感を覚える年ごろで、後ろの方が弱いイメージがあった。事実ぼくはそれでよくまわりの友人にいじられていた。事実ぼくはそのいじりにムキになっていた。
今思えば、バカバカしいったらありゃしないですが。
順番と言えば、テストでも順位をつけられていましたね。
成績が良ければ順位は一桁の番号により近い数字だし、
悪ければ3桁により近い数字だし。
ん?あ、そういうことか、ぼくが名簿番号に劣等感を抱いていたのは、
テストの点数と相関があったからか!
と、ちょっと思ってみる。
まあ、何が言いたいかといえば、
なんでもかんでも順番を設けなくてもいいじゃないかと思う。
名簿番号にしても、男女ごちゃまぜで、誕生日とか苗字とかそんなの関係なしに、ランダムで割り当てればいい。なんで男子群➡女子群で振り分けられていたのかがわからない。
テストにしても、順位的に確かに「OOより自分が上」というのはモチベーションが上がるでしょうけれど、結局は「自分はどうか」に尽きるわけですから、順位は気にしなくてもいいんじゃないかと思うんです。
「OOより・・ができて」という優越感じゃなくて、「自分は・・・ができて~~が苦手だ」という自己分析ができること、これが一番大事なんですよね。
とは言っても、
順位社会の中でかれこれ25年間生きてきましたから、
そういう考えを僕自身もっていても、なかなか「常日頃順位には拘らない」という領域までは行けてない現状なんですけど。
でも、順位がほとんど関係ない社会、いいですよね。