西川先生、おめでとうございます。

今日は西川先生の還暦祝いでした。

といっても誕生日は来週で、1週間早めの誕生日会。

 

院生時代、西川先生のもとで学び、今教授職についているOBと現ゼミ長のぼくで打ち合わせをし、企画。

そしてその打ち合わせで必要な仕事を見つけ、整理し、僕の方から現ゼミ生に仕事を配分し構成されたそんな会。宴会だけでなく、式典も設けた。

そのため、企画期間中は、ぼくの中には妙な緊張感があった。

「あのぼくが式典を企画かぁ」と。

といっても、そこまで厳粛ではなかったのが今日の感想。

 

この会の企画にあたって、最初はぼく個人で処理しなければならない仕事が多く、負担がかなりかかったが、一度谷を超えれば、あとは下り坂。信頼できるゼミの仲間に配分すればいいのだから。

ただ、この下り坂に辿り着いたのはわりと最近。

配分方法・時期をもっと考えるべきだったと反省。

「任せる」ことが少なかったなぁと猛省。

 

そういえば、

「この日に先生の還暦祝いやりますよ」

と以前本人に告知した。すると先生からは笑顔が消え、不安そうな顔をするのだ。

「なぜ喜ばないのですか?」

訊くと、

「だってどうせお前ら俺の事イジるし恥をかかせるだろう」

とのこと。

 

イジることは日常茶飯事だから良いとしても、

恥をかかせるつもりはこれっぽちもない。

何せ、あの西川先生だ。できるわけがない。

還暦なので、しっかり赤いちゃんちゃんこと帽子を被せて記念撮影+食事をしようかなと考えていたくらいだが。

(もちろん本番でも実行したが)

ある意味、先生が好きな結果を出せたと思っている。

先生はこれ(結果)がお好きなんでしょう?

 

ぼくがまだ小学生の頃に、西川先生のもとで学んでいたOBとお話した。

純粋に楽しかった。

「あぁ、西川先生は当時そんなかんじだったのか」

「こういう研究が主流だったのかぁ」

と。

また、この会で先人とつながることができたのは大きな財産。

 

まあまあ言うてますけども、西川先生、

60歳まで生きていただき、ありがとうございました。

先生がいなかったら今とはまた違った人生をぼくは歩んでいるのだなあと考えると、たまにゾワッとしてしまいます。

「今」と「これからの未来予想」を見てみると、ぼくは幸せそうだからです。

そこから外れてたら、と思うともう..

もちろん何かしらの苦難に悩まされる人生でもあるんでしょうけど。

それでも、ベストというかマシというか、そんな選択をできたと思ってます。

その選択の分岐点が、ここ、上越教育大学西川研究室と西川純でした。

 

60だろうが70だろうが、先生が80になろうとも

ぼくはずっと先生の背中を追いかけていきますよ。

これからもどうぞよろしくお願いします。

 

祝還暦。