全能なものはこの世にない。

 

よく、

「『』でも、流石にこれはできないですよね?」

という類の質問を目にするし、質問されることもある。

 

そりゃ弱点というか不可能なことだってある。

 

頭脳明晰・スポーツ万能な人だって、

人間性に難点があったりするじゃないですか。

人付き合いが絶望的に下手な人とか。

ご飯の食べ方が非常に汚いとか。

それは部分的に天才なわけであって、

すべてにおいて天才とは呼べないはず。

 

『』もそういうもんだと思ってます。

 

部分的にというか、総合的に見れば、天才的な面が数多くあります。

でも、すべてじゃない。全能ではないんです。

 

ただ、どの教育よりも随分マシであることは訴えたい。

真の意味での完璧というものがこの世にないことを考慮すれば、

『』はだいぶマシな教育だと思う。

 

何回かこのブログでも言及しているけど、

『』の考え方(1人も見捨てない)が軸にありながら形(学習スタイル)はこの先でだいぶ変わっていきます。積極的に陳腐化させるのも、ぼくの使命だと思ってます。

マシなものがさらにマシになっていく、そんなイメージ。

 

ちょっと意気込みは良いけどぼんやりした内容になりましたね。