能ある子は爪を隠しがち

昨日は連携校の学園祭だった。

 

小さい高校なので、祭りの規模も小さめ。

でも、なんだか温かった。

地域に支えられた学祭、というんでしょうか。

地域住民が結構多かったイメージだ。

喧騒から離れた雰囲気(?)があって、ぼくはこっちの方が好きかも。

 

自分の高校時代の、俺らが楽しければいいんだよ!という「身内祭」とは、全く違う。

 

そうそう、昨日は補助員として学祭運営に携わりました。

1年生がお店を出していて、授業の関係で普段からその学年とは交流があったから、「じゃあ是非ぼくが」ということで、主にその学年でいろいろお仕事をさせてもらいました。いろいろというか、生徒数名と店番でしたが。

 

お店ということは、繁盛時間帯があれば閑散時間帯がある。

お客さんが来ないとなると、自然な流れで生徒達とおしゃべりをする。

 

その中の1人の生徒との会話が印象的だ。

 

普段の授業で、いつもだるそうに授業を受けている子。

ぼくの『学び合い』の授業ではだいぶマシになるが、

他の人に積極的に教えに行くわけでもないし、教わるわけでもない子。

でも、成績がすこぶる良い。

 

普段は一言、二言くらいしか話さないのだけど、

その時はずっと話していた。

 

話の内容は、アニメとか最近のテレビ番組とか、

そういう時間つぶしのための話ではなくて、

ずっとその子のキャリアや日本の情勢ついて語り合った。

良い言い方が見つからないが、

その子から吹っ掛けてきたのだ。

 

「この高校来る前から大学受験については考えていて..」

「金銭的にやっぱり国立すかね?」

「薬剤師になりたいんだよね」

「今の日本の経済状況はー、」

「最近の教師はブラックじゃないですか」

「これからの教育はきっと..」

 

普段だるそうにしてるのに、実はすんげえ物事考えてるんだな

と感心してしまった。

しかも、生き生きと語ってくるのだ。

ぼくも自分の経験談、理論をもとに真剣にアドバイスをした。

 

授業中には見せないその姿が、感動的だった。

 

その先見性・キャリア意識、『』の授業で発揮してほしいなぁ。

この子が頭角を現したら、すごいことが起こりそうだなと思った。

これから「どうやってその子の意識を変えようか」

と一瞬考えたが、対象が違う。

「その子のまわりの人たち」でしたね。

個人に働きかける < その個人のまわりに働きかける

がキーワードだからなあ。

 

子ども集団もそうだけど、子ども単体も有能

ということを知った。

無知の無知を思い知ったし、

今までその有能さに気づけなかった自分が恥ずかしく思えた。すまない。

 

子ども、侮るべからず。

「子どもと言う子どもはいない」って、本当だ。