うまく繋がらない未来の教育

広域通信制教育 ×『学び合い』

が、実は頭の中でうま~く想像できていなかった。

なんかモヤモヤしていた。

 

広域通信制(N高とか)に通いながら、各自で学ぶ形式。

 

 

その世界での教師の役割については、どっかの機関やどこかのお偉いさんが提示しているものではなくて(というか、そもそもされていない?)、西川先生の考えではあるけど、なんとなくではあるがぼくの中では想像できている。

 

子どもたちの学習形態も、

わざわざ学校に行かないで最寄りの公民館とかで学ぶ

うんうん、個別最適化に必須だもんね、環境は。

 

うん、ここまではいいんだ。

 

でも、ちょっと待てよと。

「一人も見捨てない」を教師はどうやって子どもに語り、

根付かせれるんだ?

 

だって、場所は子どもたち自身で選び、学ぶわけでしょ。

となると、普段ぼくが授業でやっている声かけとか語りとか、そういったものが封印されてしまうわけで。

というのも、教師がわざわざ子どもたちの学習場所へ赴くわけにはいかないですから。

 

根本的に、子ども達の中に「一人も見捨てない」心をどうやって植え付けるんだ、と。

 

そういうことを今日のゼミで、先生に訴えました。

 

そしたら、いつものテンプレで

「『』で運営されているこのゼミで、俺がそもそもお前らに「一人も見捨てない」なんて言ったことあるかよ?」

と返された。

そして、

「今の俺がやっていることをやればいいんだよ」

ですって。

 

例えば

今やっている週1回、2週に1回で行われている、

ゼミ生が一堂に集まって悩みや疑問をぶつける学年ゼミ

 

やりたいことを先生に言って、先生のネットワークから

自分の目標達成の一助となるような人とつなげる人脈

 

そういうのが教師のメインの仕事になる。

 

その頃には、子どもが教師を選ぶスタイル(大学のゼミ制度に近い)が主流になっている。

 

だから、選ばれた人を週1くらいで集めて、

そこで「一人も見捨てないことの大切さ」を語ればいい。

もちろん取り組んでいる課題についての相談を受けながら。

 

んーちょっと落ちないなぁ。

明日聞こう。