塾に通っていたあの頃の自分

昨日は友達と飲んでいた.

そしたら,不意に塾の話になった.

 

そのとき,友人が話しているのにも関わらず,

ぼくは回想シーンに突入していた.

 

塾と言えば,,

中1の頃,冬期講習(一斉授業形式)に挑戦してみた.

苦手な数学を克服するためだ.

でも,自分の「わからない」を,見ず知らずの中学生が集まる空間では発信することができなかった.90分一コマの授業を止めることになるし,何より,レベルの低さを知られたくなかった.

結局,そこで培われたのは「塾はイヤ」という印象だけ.

それ以外,何も得ることができませんでしたぁ.

 

それでも,「なら1対1ならいけるかも..!」と一念発起したのが中2の冬.

中学卒業まで週1で通い続けた個別対応の塾.

 

そういえば高2春~高校卒業までの期間も,

上記の個別対応塾に通ったな,継続で.

 

で,今思ふ.一言.

個別対応塾でもダメだった

 

一対一と言っても,相手は大学生,あるいは30代の正社員.

対するぼくは中坊(または高校生).

同じ人間だが,人の感情には結構敏感だったぼくは,

「あ,この質問した時,ちょっと嫌そうな顔に一瞬なったぞ」

と,察知することが結構あった.

 

また,勇気をもってわからないことを聞いたとして,

説明はしてくれるんだけど,一回でいまいちピンとこないときが多々あった.

再度説明してくれるんだけど,

「もしかしてぼくのこの行為は,先生の自信を削いでいる?」

と思うようになった.

暗に「教えるの下手」と言っているようなもんなのかなと思うようになった.

 

微かな顔の動きにも反応し,勝手に深読みをしてしまうぼくは,

それから「わかったふり」を続けるようになった.

講師の反応が怖くなっていたのだ.

「わからないこと」を「聞いて」,「理解する」ための施設である塾で,ぼくは「わかったふり」をするようになり,根本的な理解をすることはなくなっていた.

 

それでも「塾行けば頭良くなる」と思っていたから,

高校在学期間中も通い続けましたが..

 

「お母さん,ごめん」

としか言いようがない.

 

本来,難関大学を目指しだしたぼくの背中を押すために

大枚を叩いて通わせてくれたのに,その成果に見合った結果を出せなかった.

(と言っても,受験失敗したから「今」があるのだが)

 

結局はさ,塾と言っても,先生の教えるのが上手い下手はどうでもいいのよ.

生身(face to face)で,わからないところをとことん聞ける関係性が大事だと思うんだ.

 

でも今は,「停止・巻き戻し・早送り」が可能な映像授業があるから,

それを使って勉強を進めていき,それでもわからないところがあったら,

わかる人に聞ける環境,

これがあればそれでいい.

 

もっと言えば,講師は,

生徒のモチベーション維持に尽力してくれれば,それでいい.

 

大きく挫折しないように,コンサルタントする,そういうイメージ.

 

もし,当時そんな環境にいたら,,

 

で,ぼくの回想シーンは終わった.