教育学部の存在意義
生徒の入試に備えて、
いろんな公立高校をネットで拝見する。
いろんな学科がある。
ぼくの中学時代には
なかったような、そんな学科もちらほら。
ま、あったんだろうけど、
「普通科」に絞ってたあの時期は
それ以外の学科は特に興味がなく、目に入っていなかっただけなのかもしれない。
デザイン学科
情報デザイン科
電子工学科
農業系なんだけどもうちょっとスペシフィックな名称の学科
公立なのに、いっぱいあったイメージ。
それとも、私立や他の通信制、フリースクールに搾取されないために、公立の威厳を守るために近年増やしたのだろうか。
でも、「教育学科」はなかったなぁ。
大学とか専門学校とかからなら出会う「教育を専門とした学部・学科」は、高校からはない。
何一つ不思議ではなく、当たり前なのか。
中学上がりたての高校生の身分で教育を専門にするだなんて、頭が高いぞ。
教育は、高校段階を卒業してから極めるもんなんだぞ。
という概念でもあるんでしょうか。
個人的には、高1でも大学1年生も、そう大差ないと思いますけどね。
だから、高校段階から教育学科みたいなのもあって良いと思いますけど。
というか、そもそも論、「教育はこうあるべき」というものはなくて、結局はその人がどういう「信念」とか「ビジョン」を持っているか、そういう類の話になると思ってます。
高校の教育学科を提案しといてなんですが。
「FaceToFaceの魅せる授業」が古くなりはじめてる今。
学校という小さくて狭い箱の中に存在する変なルールが子どもたちを縛り付ける今。
学校での学びは結局のところ自分の将来に何の意味があるのか不透明になりつつある今。
そしてその事実に親と子どもが気づきはじめてる今。
今、学校教育の転換期なのかなぁ、
なんて思う。
だから、わざわざ「教育学部」なんて創る必要はないよね、なんて密かに思ってる。
教育養成系の大学院出といてなんですが。
実におかしなこと書いてますね。