『人』の時代に備えて
高校を卒業するとともに地元を離れたぼくの人生はといえば、おもしろいことに2~5年周期で生活拠点を変えている。
大学→大学院→今(社会人)→ etc..
というふうに、転々としている。
家族みな(父母含む)、仕事の関係上、
東日本を中心に各々散らばっているので、
ぼくが地元に残る必要性はないんですね。
親の介護についても、
「老人ホームに入れればいいかな」と
親本人が言ってるので、なんかものずごく気楽。
地元のことをいちいち気にしないで
各々やりたいことをやる。
そんな不思議な家族です。
ただ、生活拠点を転々とするあまり、
「多種多様な人間関係の形成」はできたとしても、「強いつながり」にまで発展しないことが多々ある。
小中高の(数少ない)友人は、
建設関係、アパレル関係、農業関係、金融関係、防衛省関係とか、いろいろ。
ただ、お互い離れて暮らしているので、会う回数が制限されてしまい、なんだか最近は「心の距離」が感じられる。
会えなくはないけどあえて会わないようにしている、ぼくのよくわからない「熟成期間設定癖」という難癖も原因の一つなんでしょうけど。。
大学の友人関係もなかなかおもしろくて、
プログラマーとか自営業者もいる。
つまるところ、みなさん、いろーんな職業についている。
ただ、ぼくが転々としがちなため、
オフラインでのつながりがいっつも薄くなる。
「お互いのために、これから関係性を強くしていこうね!」というときに限って、タイミング悪くぼくがその土地を離れがちなもんだから、ぼくの弱点は、「多種多様な人間とのつながり」なんですね。
正確に言えば、いろんな場所を故郷にしているから、その分だけ人間関係はそこそこできあがっているのだけど、そのつながりの強度は、まあ弱いんです。
というか、「多種多様の人間とのつながり」を
だいぶ軽視していたのがこれまでの自分、
と言った方がいいかもしれませんね。
ただ、これからの時代、どんな分野においても、
『モノ』や『サービス』云々よりも(クオリティが良いのは大前提)、「誰が運営しているか」という『人』が価値そのものになるみたいなんですね。
「誰のサービスか」が判断材料になる。
そういった時代をうまーく生きていく上で、
「多種多様な人とのつながり」を軽視するぼくのソレは自殺行為に等しいのかなと薄々気づき始めたのが大学院生時代。
よし、教員として働き始めてから
新天地でいろんな人間関係築いていくぞと
拳を掲げていたときにコロナが直撃。
学校と家を行き来する生活だけだと、
学校の外側の人間とつながる機会が、
本当になかった。ビックリするくらいに。
オンラインでお話する機会はあったけども、
現実味がないというか、全くピンとこなかった。
「これってこの先の関係性を築けるのかな?」みたいな。
「どうしようかどうしようか」と悩んでいたのがこの半年間。
でも昨日は、教育分野とは一切関係ない世界で働く人たちと楽しく話す機会があった。待ちに待ってた、そんな時間でした。
一回きりではない、これからも続くような、
そんな関係性を築けたのかなと。
今までにない、なんかこれからおもしろくなりそうな、そんな感じ。
今度は、「多種多様な人間との強いつながり」を意識的につくっていきたい。
教育関係者とのつながりも大事なんですけど、
そこは程よくでいいかなぁと、最近は思ってる。
教育関係者以外のいろんな人間とのつながりに
魅力を感じる今日この頃。