学び学ばせ

ぼくは基本的に、

聴覚障害をもつ生徒から

手話を教わってます。

現場で働いてる先生からではないんですね。

 

だって、聴覚障害をもつ生徒当事者の方が、どう考えたっていいじゃないですか?

ネイティブにより近いわけでありまして。

(ちなみに手話は、方言と違って、各学校で手の動きや意味が変わるらしい。ある意味狭いコミュニティなんだね)

 

主に授業中に教わってます。

 

「英語を教えたるから、手話を教えてよ」

 

「英語教わってやるから、手話教えさせてよ」

 

そういう関係性。

 

手話と英語がゴチャゴチャに融合した感じ。

 

お互いに教え合う、そんな授業。

 

個別授業だからできることなんだろうけど、このスタイルに変えてから1ヶ月ちょい。

生徒に飽きは来てないですね。

今まであの手この手で飽きが来ない授業してたんですけど、途中で必ず飽きが来てた。

 

でも今は、比較的に、授業中は生き生きとしてる。

 

まあ、当たり前っちゃあ当たり前で、どうやら人間は、自分が得意なことをどうしても他者に教えたい欲があるんですね、ぼくの肌感だけど。

 

ただ注意点として、

この他者は、誰でもいいかと言われればそうではなくて、「気の許した仲」であることがミソっぽい。ぼくの肌感だけど。

 

 

人間は基本的に、

教えたがり。

 

これなかなかの教訓。

万物は需要がないと消える

学校にいると、これがまあいろんな書類が配られるんですね。

 

組合やら保険などの勧誘広告、

「私たちこんなことしてますよ!」

という教育新聞、学校新聞。

 

それもカラー印刷。

 

ぼく結構ドライな部分あるので、「ここが発行する機関の広告はもういいや」と一度判断したら最後で、基本的には読まずにゴミ箱行きが確定なんすね。

 

 

カラー印刷で、しかも紙なんかで発行しないでよね、

と毎回思う。地球に優しくあれ。

 

ぼくみたいにシュッ!シュパッ!と捨てる人は

ごまんといるだろうに。

 

オンラインに切り替えてくださいな。

PDFとかで送ってくれると個人的にはありがたい。

紙媒体で読みたい人は各自印刷して読むだろうし。

 

お賽銭ですら今やキャッシュレス。

www.nikkei.com

 

そうは言ってもあれだね、

発注会社からの依頼で経営が成り立っている請負会社があることを考えると、声高々に「早よペーパーレス社会!」なんて言うのも気が引ける。

 

時間の問題なんでしょうけど。

 

 

需要が無ければ消える。

 

それが会社であり、サービスであり、人間であり、物質であり、感情である。