素朴な疑問

 

ぼくのお母さんやお父さんは、きっとぼく(厳密にいえば長男)が生まれる前は、お互いのファーストネームやあだ名で呼び合ってたはず。

おじいちゃんやおばあちゃんもそうなはず。

 

ぼくの両親に限って「ダーリン」だの「ハニー」はあり得ないだろうけど、それでも何かしらの愛称があったはず。

 

でもきっと、子どもが出来たから、そういう呼び方はしなくなり、

「パパ・ママ」「お父さん・お母さん」へ移行したんだろう。

 

でもその移行期間は、どんなことを思っていたのだろうかとふと思う。

 

「ぼくのお母さん(ママ)は生みの親であるお母さんだけなんだけどなあ」

とか

「てか、今から呼称変えるの恥ずかしい.//」

とか思ってたのかなあ。

 

その移行期間内の夫婦の心理的変化気になるよね~

なんてことを同じ研究室内の子に言ったら、

「確かに」なんて話が盛り上がって、教採の勉強を干渉してしまった。反省。

 

まあ、でも、気にはなる分野なんだけど。

 

 

『学び合い』は宗教って言われるけど

 

『学び合い』は宗教だよね(笑)

 

なんて言われたことがある。

確かにそうかもしれない。

 

従来の教育と全く違う方法だから、異端者扱いされる。

かつ、その広がりの勢い(普及率)も、一つの教育としてみれば、尋常じゃない。

(ほぼ)全国に『』の会が存在するし。

 

かといって、決して悪い教育ではない。

的を得ているというか、教育の本質をついているのは間違いない。

どの教育よりも断然マシであるのは確かなんだよなあ。

 

それなのに、教育界では宗教扱いされてしまう。

結局は「考え方」なんですけど、どうもそこを理解してくれない人がいるから攻撃されてしまう。。

 

未来の教育のスタンダードを、かなり早い段階である今、やっているから、そりゃ理解してもらえないのは仕方ないか、となんとか平静を保っているのはここだけの話。

 

本当は、年齢・キャリア・先輩後輩なんて関係なく

「なんでわからないの?」

とけんか腰で説得したいのだけど、2割の法則を知ってるから

しないだけ。

 

話は変わって宗教と言えばなんですが、

世界で最大の宗教ってなんでしょうか。

西川先生もこれについて言及していました。

『』でなければ、オウム真理教でもないし、

実はキリスト教でもなければヒンドゥー教でもない。

 

数学(算数)らしいです。

 

そもそも、なんで1+1が2なのでしょうか。

10じゃダメなんですかね。

りんごとりんごを足せば、なぜ2個のりんごになるのでしょうか。

100個じゃないの?

 

「いやお前、なにバカなこと言ってんの?」

って思いの方は、それこそ洗脳されてますよ。

 

誰かが勝手に決めたこの概念を疑いもしないで、当たり前と思い、疑問を持っている人を少々攻撃的に説得しようとしているのであれば、それはもう..

 

最大の宗教って案外身近にあるんですね。