尖がった取捨選択

今日明日は、未来の先生展に参加。

http://www.mirai-sensei.org/

ポスターセッションの部で、西川研のゼミ生2名と一緒に出場。

「スタッフっぽい感じを出せたら..」ということで昨日宿に向かう途中で、ユニクロへ。その「ぽい」シャツを購入。

隣のゼミ生も色違いでなぜか黄色いのを無理やり買っていた。

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「お揃いコーデ♪」なんだとか。

ぼくはもう着ない、少なくとも来夏までは。

 

本題。

この先生展は、日本最大級の教育イベント。

昨年は3000人以上が訪れたらしい。

今年はそれをさらに上回ることが予想されている。

 

内容はといえば、

数多くのポスターセッション参加グループ、ワークショップ、そして130以上の講義(ワークショップ型含む)が詰め込まれた2日間の日程。

 

言ってみれば、贅沢なバイキングと変わりない。選び放題なのだ。

好きなときに、好きなものを、見たり聞いたりすることができる。

ぼくが来年から受ける教員の研修も、こういうバイキング形式であれば嬉しい。

でもそれは欲を出しすぎか。

自分のために、自分で選ぶことができる講座がたっくさんある研修。

幸せだろうな。足取りが軽くなる。間違いない。

 

今日は、ポスターを見に来たお客さんに『』の魅力を伝える時間が半分を占めていたので、明日はお客さんとして今日よりもいろんなところへ足を運びたい。

特にポスターセッションはしっかり見たい。

今日はじっくり見れたものが数個しかないですし。

 

1日で気になる講座に3~4個参加した。

ひと講座だいたい90分なので二桁参加は難しい。途中参加だと起承転結の転・結しか触れられず内容がわからなくなるため、仕方ないのだ。

感想は、充実はしていた。

それでも、

「あ、これは自分が求めてるものと違うな」

という内容がほとんどだった。

 

すんごいワガママな性格だから、自分が今欲しいものと食い違っていることが途中でわかると、一気に集中力は急降下。馬耳東風だ。

それに、「『』」と「西川先生」のせい(おかげ)で、

新規性を見出すのがなかなか難しい。

「今の自分にOOを組み合わせればワンステージアップ」となる、肝心のOOがなかなか見つからない。どの講座も、「やっぱりそうですよね」と行き着く場所が見えていた。また、「いや、それは違う」と心の中で理論立てて批判もしていた。

それも、きっと、『』の考え方が沁みついてしまっているからなのかもしれない。

「だって、普通(『』的)に考えれば…」

となってしまう。

2年前のぼくには考えられない状況だ。

 

嬉しい反面、なんだか寂しいという複雑な心境。

 

「何かを見落としてないか?」という気持ちで、明日に臨みたい。

何かを得たい。

新しい考えは授業参観から

今日は、西川ゼミ生数名で、『』を実践している高校教師の授業参観へ。

 

我々は『』総本山所属と言えども、(飛び込み授業・連携プロジェクト以外で)現場に出て実践してみたよ、という者は現職以外にはいないのが実情。

 

また、『』と言っても、形は様々。

時間のある今のうちに、自分のものと他のものを比較したくなる、そんな年頃。

 

個人的な意見ですが、

『』の考えは理解していても実践方法がそれと矛盾していたりするパターンが結構多いのが見受けられる。

それが『』。

 

でも今回参観させていただいた授業者は、『』を理解している西川研究室の大多数、少なくともあの西川先生と何度も対話を重ねてそれなりに腑に落ちたぼくが理想とする『』に限りなく近いものでした。

 

そういう意味では、希少価値の高い『』実践者の授業を見たと言えます。

なんだろう、絶滅危惧種の動物を実際に生で見るようなあの感覚と似ている。

 

別に他の実践者を批判しているわけではなくて、あくまで、「ぼくが目指す」ものを視点に置いての話です。

 

 

箇条書きで感想の意味も込めてリフレクション。

 

・教室の大きさは関係ない。教室の大きさに対する人数比が明らかに高くても、子どもたちは学び合うし、動きもそこまで制限されない。

 

・振り返りシートも良いが、やはりfacebookのように多様な意見をシェアできるネットワーク環境があればいいなと強く思った。

みんながいろんな人の自己評価を閲覧し、コメントできるような、そんなシステム。

Googleのサービスで確か何かしらはあったはず。ただ、管理職からは許可が得られなそうだから、オリジナルで企業にオーダーメイド依頼しようかなとさえ思った。

クラス内の人たちだけでシェアできるようなそんなシステム。外部への情報漏洩を最小限に抑えれるようなやつ。

何億人も見ることができるインターネットの海ではない狭めのインターネット世界を構築したい。

 

・基礎を押さえた課題にプラスで、実践問題(例:〇〇大学20〇〇年度入試)も一緒に与えるといいのかなと。

特に穴埋め課題だけだと、「これさえ埋めればいいんでしょ!」と満足してしまう人もいるかもしれないから、それの対応策にもなりうる。

その方法もあったかぁ、と思った。

特に進学校には良いかも。

 

・「1人も見捨てない」「全員達成」「折り合い」がキーワードの『』。

友達にはなりたくないけど、「見捨てない」ために、そして課題の「全員達成」を目指すために関わったりサポートするのは大事。

「折り合い」というやつです。

でも、その「折り合い」の先には、実は寂しい人間関係があるのかなと、今までの経験からふと考えが芽生えた。

見捨ててないし、繋がってはいる

けど、それはあくまで折り合い。

気軽に遊べるような友達としての高い壁を乗り越えられなければ、結局は虚無感しかない。

 

んーうまく言語化できない。わかる人がいれば議論したいこのことに関しては。

 

まだまだリフレクションはありますが、それはまた後日どこかで。

 

現場に出る前に、自分の『学び合い』確立させることが入学前の目標でした。

残り半年。なんとか間に合わせたい。