合理的配慮、ね。
1か月に1度の頻度で、外部の研修に参加しています。
今は特別支援学校に勤務しているので、
「ICT×特別支援教育」をテーマにした研修ですね。
幸いにもICT関係は全然ついていけるので、
楽しく参加させてもらっています。
プログラミングとなると、正直「うーん..」ですが、
初心者講座からなら喜んで!って感じです。
まあ、「ぼくが習得するんじゃなくて、プログラミングができるやつと繋がればよくね?」という考えが根底にあるので、真面目に参加できるかは怪しいところですが。
話は戻って。
今日の研修では、
「合理的配慮」というフレーズが出てきた。
教育界では結構使われるし、
教採の問題でもめちゃくちゃ使い古されているわけですが。
定義としては、
「障害のある人が、他の健常者と同じように、人権や基本的自由が確保されるべきであって、そこは必要に応じて調整・変更するべきだよね」
というものです。
あ、ぼくが結構カジュアルに要約してますが、
実際はもっと深いです。
世の中、結構、この「合理的配慮」が当たり前のように無視されていたりします。
たとえば、
静かにしなければいけない商業施設があるとするじゃないですか。
映画館、博物館、美術館etc。
ここは誰しもが入場可能であるべきなんですが、
「静かにできないならダメです」と施設側から断られた重度の重複障がい児がいたとしましょう。
これって、健常者のぼくらからしたら、
「静かにできないんだもん、そりゃそうだ」
と思われる方は少なからずいるはず。
仮にその子が口頭軟化症という障害によって、「ゴーゴーという音」がなるとしたら、どうでしょう。この障害がある以上どうしようもないのに、利用をお断りしているのは、正当な理由がない限り差別になります。
その施設が、大衆向けであるのなら、
障害のある人の利用も想定すべきですし、
運用が公的機関によって行われているのであれば、なおさら。
施設側としては、
・静かにできない人のための来館時間帯の設定
・防音スペースを設ける
等の配慮が必要です。
詳しくはこちらのサイトが参考になります。
合理的配慮。
そんな自分もわりと軽視していたなぁと反省。
もしかしてあのときのぼくの言動は、配慮できていないから差別?とまで思わされました。
「合理的配慮とは?」をもっと身近に考えようと思えるようになった、貴重な1日研修。