「普段」を見るなら抜き打ちで

県や国のお偉いさんが学校にやってくる、学校訪問という文化が教育村にはありますが、あれはいわゆる「接待」と捉えていいと思う。

 

まさか「普段」の学校生活を覗けたらなんて思っていないよね、と問いたい。

 

もし「普段」の生活を見るのであれば、予告なしに「抜き打ち訪問」するのが上策なはずで。

寝耳に水なんていう人もいるけど、でも、「普段」を見るにはそれが間違いなく良い。

 

それでも訪問者は、

「この日のこの時間に行きますよ」

と宣言する。

 

それに備えて学校側は

相手側が喜びそうな授業計画だったり、教室の掲示物を貼ったりと、奮闘する。

 

訪問者が見ているのは、

ただの偶像に過ぎない。

 

それをわかった上で訪問してるのであればまだ良いと思う。

だって、それを真に受けていては

一向に悪しき文化はなくならないから。

 

 

でも、そんな形だけの学校訪問に労力を割くこと自体、ぼくは反対だなぁ。