ぼくはチップがもらえない
先日、バイト 先に、予約なしで10名のお客様が突然いらっしゃった。
話している言語から、どうやら英語圏の人たちであった。
訛りから判断するに、オーストラリアあたりかと。
海外生活経験があるとはいえ、日本に戻ってからは、
ほっとんど英語を使う機会がなかったため、
「お、英語を使えるチャンス」という喜びがあった反面、
「まずい」というスムーズに話せるかどうかの不安が、僕の精神をかき乱し始めた。
とはいっても、使っていない割にはまあまあの接客ができたと思う。ジョークを使って楽しませれたし、お客様の要望に応えれたし(言語的には)。
まあ、拙い言葉であったとはおもうけど。
でも、言語とはまた違った領域で、ぼくと彼らとの間で「勘違い」した状態で話を進めていたため、結果的に彼らが意図していなかったコースというかメニューをオーダーすることになっていた。
料理を出したときにはもうあとのまつり。
軽く説明した後彼らの顔を見て、
「あ、違ったパターンだ」
と即座に感じ、僕の中で、申し訳なさが先行してしまい、
サービスでその場をなんとか切り抜けた。
勘違いはよくないなあと思いながら、しばらく接客して、
1時間くらいしたら、帰り支度の準備を始めた。
カードで精算とのことで、カードを受け取り、レシートを発行しサインをもらいにテーブルに戻ったら、
「Thank you so much」「アリガトウ」など言ってくれた。
うれしいなあなんて思いながら「センキュウ」と言ってテーブルを離れようとしたら一人の男性が、
「Great service」
と言って、胸ポケットから1000円を取り出し、ぼくに渡そうとしてきた。
チップだ。
無意識に伸びそうな右手。
嬉しくて丸くなりそうな目。
ニヤリに近い満面な笑顔。
アカン、欲を見せちゃ。
たったの1秒で、こんなにいろんな筋肉をコントロールすることになるとは。
カナダにいたころ、お客として渡してたし、労働者としてももらっていた、チップの文化。チップの存在が当たり前だったあのころを瞬時に思い出したぼくの体が、反応しかけていた。
で、その1000円と彼らに向け、無意識にでてきた言葉は
"You guys are in Japan now and you know we don't need a tip"
反射的に断ってしまった。
それでも、向こうは「いいからいいから」と言ってきたが、
なぜか頑なに断っていた。
渋々納得した彼らは、
「あら、そう」
という反応を見せ、札をポケットにしまった。
そのあとはお店を出るまでずっと感謝の意思をぼくにみせていた。
お皿を片付けているとき、テーブルを拭いているとき、
家に帰ってシャワーを浴びているとき、いや今でも思うのは、
「チップ、もらってもよかったよな」
である。
なぜだろうと、自己分析した。
結果、反射的にもらわなかったのは、
日本で受け取るという変な罪悪感が3割。
残りの7割は拙い英語と勘違いオーダーの罪悪感だった。
こんなサービスで、僕がチップをもらえるに値するわけない!
と。
昔、なんかの記事で
「日本人はチップをもらわないらしい」
という内容のものを読んだことがある。
それを読んだとき、
「まさか。俺ならもらうけどね」
なんて思っていたのに、この様だ。
自分がそのブログに書かれていた登場人物になるなんて思ってもいなかった。
カナダにいたころ、特別英語がうまかったわけじゃないし、特別に最高のサービスをしていたわけじゃない。普通にこなしていた。
でも当時は、チップの存在を当たり前だと思っていたし、もらえなかったときは、イラっとした。なんて理不尽な性格ですこと。
まあ、「チップ文化」があったから、そういう性格になるのも仕方ないけど。
それにしても、まさか日本にいながら
感謝=チップ≠当たり前
の方程式をこのときに見つけることになるとは。