教師には見えない人的ネットワーク

イレギュラーなことが起こると、人との関わりが変わってくる。

 

 

今日は、連携校チームのM1ゼミ生による化学の授業参観。

言うまでもなくフルの『学び合い』。

 

ぼくがいつも英語の授業実践をしているクラスでした。

担任でもなんでもないし、週2,3回しかその学校へ来ていないぼくではありますが、そのクラスの全員の顔と名前、細かい性格まで把握できています。もちろん授業内における人間関係も。

 

なので、教科は違っていても、『』の中で普段見ない生徒らによる関わりが起こると

敏感に反応してしまう。

「おぉ、こことつながりがあったんかぁ」

と。

今日はそれを強く感じる日でした。

 

というのも、いつも(少なくとも英語の時間は)二人組で固まる女子がいる。

課題の難易度に関わりなく、いつもその二人で課題に取り組む。

時間内に終わらないことが十分に予想されていても、固まる。

そして結局終わらない。その繰り返し。

 

しかし今日はなんと、その相方が欠席でした。

 

学力的には今日出席していた子は、「一人ではできない子」です。

いつもその相方の力を借りて、課題をこなしていく。

(丸写しとまでは言わないが)

 

さてどうするのかなぁと様子を見ていた。

他に参観していた院生が、

「今日一人だね、どうするん?」

と聞いていた。

 

そしたら、普段全く関わるとこを見たことがない

他の女子二人組のところへ、イスを持って移動。

課題達成のためか、それとも一人心細いのが嫌だったのか。

かなり珍しい組み合わせだった。

 

とは言っても、普段話さないんだぞ?

移動したところでぎこちない対話になるに決まっている、と思っていた。

 

が、笑い声が時折聞こえたり、話の内容も課題についてだった。

なるほど、ぼくの知らないとこで交流自体はあったのね。

教師には見えないネットワークを張り巡らす能力高いなあ、

とその子に対して思った。

 

「必要に迫られたときは動く」とわかれば、なんだか安心。

てっきり運命共同体並みの強い固執が2人にはあるから、

一人がいないともう一人は消失してしまうのではないかと心配していたのだ。

 

逆を言えば、非常事態にならない限りは、殻を破ることはないのかもしれない。

非常事態の中の非常事態のためにも、もっと流動的な人間関係があればいいのにとは正直思う。

与えられた課題を協力して終えることができる人材って、

そんな固定的じゃないと思うんです。

 

もっと多種多様なはずなんです。

 

と思いつつ、それも今後の自分の教科授業で解決していくべき事柄

とも考えています。

 

人の行動による変化が、なんやかんやで一番刺激的。